江戸時代、平藩主の座を弟に譲り平に引き揚げてきた内藤露沾が、勿来の景勝地八か所を愛でる俳句を残しています。その句碑を建立し、先人の優れた文学的業績を今に残すことにより、地域の誇りと連帯感を醸成し、さらなる地域の振興を目指し、実行委員会が設立されました。
すばらしい勿来の歴史や自然の再発見をテーマに「勿来八景フォトコンテスト」、「こども絵画・新俳句コンテスト」が開催されます

選者 露沾(ろせん)(1655年〜1733年)
露沾とは、磐城平藩主内藤義概(風虎)の次男で、後に廃嫡される内藤義英(よしふさ)の俳号。芭蕉の庇護者。元禄八年(一六九五)から、現在の磐城高校の敷地、高月に暮らし、勿来にこの八景を選んだ。

